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アパルトヘイトと、大麻摘発

 安倍ちゃんのお友達で有名な保守の曽野綾子アパルトヘイトを引き合いに出しながら、日本も移民が必要だが「私は人種別に住んだ方が良いと思っている」などと書き散らかして、TimesからIndependent、保守派のWall Street Journalにまで思いっきり問題視されています。差別主義者の本音はなかなか隠せないものですね。

 遺憾ながら、こうした人権問題に対して国内の新聞はほぼ沈黙していて、しかしロイターでも書かれているのでさすがに遅れて週明けには問題が報道されそうな流れではあります。

 ロイター通信:http://www.reuters.com/article/2015/02/13/us-japan-apartheid-idUSKBN0LH0M420150213

 

 私としては南アフリカが、マンデラ元大統領らの活躍によってアパルトヘイトが撤廃されるまでアフリカにおける大麻(現地だとdagga)規制の根拠地の一つとして用いられ、白人の警官が黒人の大麻所持者を殴り、摘発し、黒人居住区と刑務所へ押し込めてきたことを想起して、これを批判せずにはいられません。

 現在の南アフリカはこの反省の上に、アフリカにおけるウルグアイとなるべく大麻規制の撤廃を志向しつつあります。 

South Africa To Consider Legalizing Marijuana - TruthOnPot.com

 しかし90年台前半までの南アフリカでは、黒人差別と「黒人文化としての大麻喫煙」が結び付けられ、白人の政治家、警官、「黒人を区別する善良な白人住民」によって厳しく摘発されてきました。

 実質的には多くの黒人は抜け道を探り、しばしば摘発されながら地下に潜って大麻喫煙を続けてきたのですが、1930年代や70年代のアメリカにおいて大麻喫煙が「ヒスパニック、メキシカン、アフロアメリカンの堕落した文化」と結び付けられて批判されたことと、同じ形式の問題が白人の支配下にあった90年代前半までの南アフリカでも長らく見られました。

 

 曽野がいうような「黒人が白人のマンションに入ってきて問題を起こした」「文化が違いすぎて一緒には住むべきではない」「しかし差別ではなくこれは文化の区別」などと言った言葉は、当時の傲慢な白人の多くが、アパルトヘイト肯定の際に言った言葉とそのまま同じです。

 ネルソン・マンデラと多くの当事者らはこれに対して、「一部の自由などというものはない」として戦い、人種差別撤廃を勝ち取りました。マンデラはこのような崇高で困難な目標について「達成するまで不可能に見えるものだ」しかし、「成功するために大切なことは、どこから始めるかではなく、どれだけ高く目標を持つかによる」のだと力強く述べました。

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