Prop19 の失敗から学ぶ

カリフォルニア州で11月3日に行われた住民投票、Prop19は43%強 対 57%弱で否決され、大麻の全面的ともいえる合法化は見送られました。(参考:「カリフォルニア大麻合法化案は煙と消えた」ロイター通信)

本案件は、○成人による個人所持の合法化、○少量栽培の合法化、○大麻喫煙後の運転を禁止することなどを掲げており、もし実現していれば、以前から行われている医療大麻の合法化(処方箋が必要ですが、軽度のうつ病睡眠障害などでも支給されるため実質的には誰でも購入可能)や、あるいはハワイなどで行われた大麻摘発の優先順位を最下位にすることで、実質的な非犯罪化を行うとした住民投票などよりも、さらに進んで、当該地域で大麻とアルコール、タバコをほとんど同じ嗜好品のカテゴリーに入れることを可能にしたものです、

欧州の多くの地域や、米国諸州において、すでに大麻の「非犯罪化」は達成されていますが、「合法化」はこれが初であり、実際、1937年から始まったマリファナ課税法の方針を完全に転換しようとする案件でした。

この件について、日本メディアの報道は冷めたものというよりは、全く異なった事実を伝えている部分もあり、実際には6対4以内であるにも拘わらず「大差で拒否」されたといったような扱いであり、また一部保守派の議論のみを取り上げて伝えるような報道ばかりでした。

例えば:http://www.asahi.com/international/update/1103/TKY201011030275.html

http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010110301000354.html

こうした報道の基本的な誤りを(現地報道と照らし合わせれば、ほとんどの点で論点を取り違えていることや、実際には僅差であることを大差と報道するなど、誤りは一目瞭然ですから)、こと細かにいちいち指摘することはしません。

ただ、古い格言に「臣下はそれにふさわしい王を得る」との言葉がありますが、メディアと世論がこの社会の王であるとするならば、こうした日本における<報道>の残骸は、この社会に暮らす私たちの日常と不可分のものであり、私たちの無関心さや無知を、裏返しに表しているものであろうかと思います。こうした報道が良くないことは明らかであり、言うまでもないことですが、だからといって、「馬鹿な報道に騙されない私たち」を2ちゃんねる的コミュニケーションによって互いに慰め合っても、問題は解決しません。

(同じような報道を日本のメディアは多くの場面で、例えば国内でも起こっている移民問題への圧倒的な無関心さや、あるいは、情動的な他国へのバッシングを繰り返していますが、誰か大麻問題に関心をもつ人の中で、そうした出来事についてきちんとした知識を得ようとし、また冷静な議論を試みようとしたのでしょうか。それらの問題に対してはマジョリティの尊大さをもって無関心なまま、大麻問題についてだけ「メディアのひどさ」を互いに言い合っていても、誰が私たちの問題に耳を傾けてくれるというのでしょうか)

まずは、ある程度正確な情報を得ることからはじめましょう。

まず、Prop19の背景にあるのは、例えばポルノ規制や同性婚の是非をめぐるような、リベラルと保守の争いです。主として共和党支持者は保守的な思想と親和性が高く、ポルノ規制に賛成し、同性婚に反対し、移民バッシングを行うナショナリストが多く、また大麻喫煙にも反対します。

これには年齢に応じた差異もあり、年齢が高くなればどちらかといえば保守系の考えに近くなり、若年者は相対的にはリベラルな場合が多いといえます。

そして、Prop19は若年層からは支持を集めたのですが、年長者からは広範な支持を集められず、とりわけ共和党支持層を取り込むことができませんでした。とはいえ、米国の共和党は単なる保守というわけでもなく、保守主義者であることは間違いないのですが、これに加えて「新自由主義」者であるということも近年の特徴となっています。「小さな政府」をよしとし、経済格差の是正よりも、政府が企業や個人の財布に介入することを拒否する新自由主義者は、その限りにおいて、大麻の合法化には基本的に賛成する可能性があります。

例えば、アメリカ新自由主義の父、M.フリードマンは大麻の摘発にかかる税金は「無駄」であり、課税することによって得られる利益を逃しているとの理由で、大麻規制に反対していましたし、その流れを汲むJ.ミロンもまた、Prop19には基本的に賛成の立場でした。

だから、Prop19の支持者たちは、そういった共和党支持者で保守的な考えをもっているかもしれないが、しかし新自由主義者であるかもしれない人々の票を狙って、「カリフォルニア州の税制改善」「摘発にかかる税金の軽減」を強く訴えることで、右派的な支持層を取り込もうとしていました。

ところが、この訴えはあまり功を奏さず、J.A.ミロンによれば、共和党支持層からは露骨で行き過ぎたアピールと受け取られてしまったということです(参考:11月3日のCNNより、ミロンのインタビュー)。

ミロンは、Prop19の考えは原則的には正しいとしながらも、○税収の劇的な改善を訴えたこと、○メキシコ系のマフィアが関係する犯罪が減ること、などの主張は、若干誇張されすぎてしまった面があり、より冷静に議論を進めるべきであったと指摘しています。

確かに、メキシコ系マフィアの犯罪は、単に大麻を合法化すれば解決するような問題ではなく、より根深い、アメリカ社会のレイシズムとメキシコ人バッシング、そして大麻だけでなくコカインを中心とした広汎なドラッグマーケットの存在を背景に置く問題であり、Prop19がこれに影響を及ぼすとしても、その範囲は限定的なものであるといわざるをえません。(もちろん、多少の良い影響はあるのでしょうが、素直に多少はよくなるかもしれない、といえばいいところを、劇的に改善するといった訴えになってしまった点を、ミロンは問題にしています)。

これに対して、反対派の主張は一貫しており、また共和党支持者のみならず、多くの無党派層に対しても訴求力をもつ、ただ一つの論点だけを繰り返し、これを浸透させることに成功しました。つまり「大麻合法化法案が通れば、交通事故が増える!」「子どもが大麻を喫煙するようになる!」これらの点だけです。もちろん、専門的な見地からすれば、こうした主張にも多くの問題があり、十分な根拠がないことは指摘できるのですが、しかし普段大麻問題には無関心な人々に対しては、こうした単純なワンフレーズの主張が効果的でした。

こうした誇張されたアピールは、共和党支持層や高齢者にとっては訴求力をもてず、これがProp19失敗の一つの原因となったといえます。

また、これに加えて「タイミング」のまずさもあります。今日行われたアメリカでの中間選挙では、共和党が圧勝し、民主党は防戦を強いられました。オバマが当選した時、広範な若者層がWebキャンペーンを駆使して選挙活動を展開したのですが、今回はその熱気がみられず、これはProp19にとって逆風でした。いかにリベラルが強い西海岸といえども、この逆風の中で、最後に失速するのは仕方のない部分もあったように思います。

とはいえ、各種報道で示されているように、なんといっても大麻の「合法化」に、すでに若年層と民主党支持者を中心として45%近くの支持が集まっており、すでにProp19のサポーターは、大麻に関する「教育・情報」の戦いには勝利したのだと認識しているようです。

すなわち、大麻規制を推進することの不合理性や、逮捕者の人権を基本的に侵害していること、さらに大麻規制の文脈にレイシズムが合流し、現在では白人のほうが大麻喫煙率は高いにもかかわらず有色人種の逮捕者が白人の7倍であること、などなどが広く一般に、報道を通して認知されたことは、大きな成果であったというわけです。(参考:The Guardian, 11/3)

今回の投票はステップであり、次回の投票(12年)に意欲を燃やしているようですが、私もProp19が情報戦の分野においては大麻合法化支持者の勝利であったことには同意します。今回の投票は、明らかに攻め込んでいる側がProp 19の側であり、守っているのが既存のキリスト教右派や新保守主義者ら、共和党支持層のコアな部分でした。今回は守備側の陣地が堅牢であり、攻め手の手法に若干拙速な部分もみられ、結果として逆風の中否決されましたが、その差は10%以内の僅差であり、少なくともこの陣地が2020年まで継続して守られるとは、とても思えません。2012年か、あるいは2014年には、カリフォルニアなどの諸州で大麻合法化投票が成立する可能性は、今回よりさらに高いものであろうと考えて良いだろうと思います。

しかし翻って、日本の状況はあまり芳しくはありません。英国やオランダでみられるような、自律的なメディアの力はほとんどあてにできませんし、米国のように強力な市民ネットワークと、知識人層の活躍も日本ではそれほど多くはありません。

とはいえ、こうしたProp19などの例をより正確に捉え、伝えていくことが、何もない日本社会における陣地構築のための石の一欠けらであろうとも思います。

大麻問題を、あまりにも誇大に捉えるのではなく、身内にこもるのでもなく、メディアのつまらなさだけをあげつらうのでもなく、メディアのつまらなさはマジョリティの無関心さに由来しているのであり、そして、私たちも、ふとしたことで直ぐにマジョリティの側に安住してしまおうとする、その私たちの足元をまずは捉えなおしながら、ゆっくりがんばりましょう。