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陰謀論と大麻

本日のお昼から大阪マーチです。 

 

さて、高樹事件以降、色々と大麻関連の記事が出ていて、多くのユーザーをもつタブロイド記事のロケット・ニュースでも紹介されています。

rocketnews24.com

 

要するに、「石油産業の陰謀」で大麻が規制されたとかいうアレなのですが、このお話特に日本の大麻合法論界隈で、非常に古くから言われています。

とはいえ、世間的にはこうした陰謀論は、「大麻は全ての病気を完治させる奇跡の草」みたいなお話と一緒で、正直「大麻合法化とか眉唾」だと受け取られる要因になっているとも思います。カンナビスト@関西は、以前からこうした単純な「一つの悪人がいて、それが大麻を締め付けた」といった陰謀論や、「大麻は神の草」といったような話とは距離をとっています。

 

そうではなく、大麻規制は複合的な、20世紀における人種や異なる文化に対する偏見/ステレオタイプ、それから官僚制の論理、保守派の政治的な扇動、80年代以後のレーガン時代に特徴的な、「ゼロ・トレランス」の警察方針、政治権力をあまり批判しないマス・メディアの体質、これらの相関によって生じてきたものです。

要するに、今まで人間社会が行ってきた「人種差別」や「同性愛者バッシングとソドミー法」だとか、あるいはハンセン病者への隔離政策だとか、そういった「単一の原因には還元できない」、社会全体の複合的な要因によるものでしかありません。それは複雑な話で、私は複雑なことは複雑なようにしか説明できないのだと思っていますが、これを単純化して「石油産業とユダヤ資本の陰謀」みたいな物語に還元するのは、あまり知的には良くないと思っています。

そもそも、本当に石油産業が何でも自由にすることのできる超巨大な力を持っていて(実際、経済的に大きな力をもっていることは否定しませんが)、世の中の全てを自由にコントロールできたなら、普通に「奇跡のエネルギー」である大麻も、一緒に自分の傘下にいれてしまって、大麻産業を合併してさらに巨大化してしまえば良かっただけの話です。なぜわざわざ、周りくどい方法で大麻を規制する必要などあるのでしょう。そして、これほど巨大な組織が総力を挙げたのであれば、どうして末端の一民間人がその「陰謀」に気付けたのでしょう。

 

こうしたいわゆる陰謀論の出典は明らかです。戦後もっとも代表的と言っていい、大麻合法化論者の一人、ジャック・ヘラーです。彼は、THE EMPEROR WEARS NO CLOTHESという著作で、今日本で浸透している「石油産業の陰謀論」を説いて、一部に熱狂的な信奉者を得ました。彼はもちろん、偉大な社会運動家で尊敬すべき点もありますが、歴史家でも社会学者でもない、歴史的経緯に関する議論としてはアマチュアだと思います。

 

この説は例えば日本で有名なオカルト科学の医師、内海聡の最近の本などで焼き直しされています。実際、内海のこの本は、おそらくジャック・ヘラーの当該著作を元ネタにした、日本のWeb上に出回っているコピーのお話を参考にして、さらにそのままコピーしたような本で、一体オリジナルが何なのかは一見して分からなくなっています。シュミラークルです。おそらく日本で、このヘラーの議論を初期に広めたのは大麻堂の前田さんのブログでしょう。現在日本のWeb上に流通している「石油産業の陰謀」論は、おそらくヘラーの見解を宣伝した前田さんの見解が繰り返し、さらに宣伝されていて、それが今回のロケット・ニュースの記事になっているものと思われます。

一部の熱狂的ファンに対してはともかく、内海医師は一般的に、アカデミズムからは全く無視されているというか、正直オカルトだと思います。

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前田さんは当局の圧力に長年抗してきた尊敬すべき実業家であり、日本の大麻合法化論を進展させた功労者だと思いますが、この点に関しては学問的な解釈の話であり、私は研究者としてこの点だけは譲れないので、彼がすごい人であるというのとは、これはまた別の話です。

 

一方で、日本ではまだ翻訳が出ていませんが、欧米の大麻法制史研究ではきちんとした歴史学社会学の研究書が出ていて、私はさすがにそちらのほうが学問的に信頼できると思います。例えば代表例として、R.J.BonnieらのMarijuana Convictionがあります。日本に翻訳があるものはH.S.ベッカーの『アウトサイダーズ』くらいです(これも巻末に若干の註釈があるだけですが)。

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これら研究書群を概ね確認したところ、大麻規制の歴史は概ね次の通りです。

(1) 20年代の禁酒法が前史としてあり、これがその後のアンスリンジャーの麻薬取締局の前身となる。

(2) 30年代になって黒人文化としての「ジャズ」が流行し、またチカーノの米国移民も進む、彼ら/彼女らのマリファナ喫煙の文化が偏見をもって見られる。

 ⇒ ここまでは「陰謀論」の見方も同じです。

(3) 世間的に未知の「肌に色のある人々の文化」は格好のタブロイド紙のネタとなって、売れるニュースとされる。

(4) こうしたタブロイドの記事は、すぐに三文映画の題材ともなり、例えば有名なLeefer Madnessなどの扇動的映画は、こうした文脈の中で用いられた。非常に誇大に「大麻と狂気」が結びつけて語られた。

(5) 各州で大麻規制法が制定されはじめ、特にプロテスタント保守層を支持票田とする共和党は熱心に、「新しい脅威」としての大麻をバッシングしはじめる。その後マリファナ課税法が制定され、全米で売買が事実上禁止される。

 ⇒ 一方で、戦争がはじまると、今度は「新しい脅威」がファシズムとなり、これは確かに現実的な危機であったので、「戦争」に衆目が集まり、大麻への注目は去る。

(6) 戦後、冷戦構造が始まり、同時に50年代の「新しい世代の文化的反抗」が始まる、ここから50年代ビートニク、60年代ヒッピーへと運動が展開。その過程で再度、表象としての大麻が槍玉にあげられ、規制運動が再燃する。

 

米国においてはとても大雑把に、上記のような文脈があります。エネルギー業界は、30年代から40年代当時、確かにとても大きな産業であったので、「売れる映画」「売れるニュース」に相乗りしてスポンサーとなることもありました。しかし大麻批判だけをやっていたわけではなく、それは当時「一つの売れる事業」であっただけです。もちろんエネルギー業界以外の資産家や政治家も「売れる三面記事」としての大麻バッシングを行っていたわけで、そのことだけを取り上げて「大麻規制は全て石油産業の陰謀」だという物語もできましたが、歴史学的にはこれは過大評価だと思います。

 

実際には、大麻規制はプロテスタントやバプテストの保守派、すなわち米国社会における白人マジョリティの偏見と、その支持を狙い扇動した保守的政治家のお決まりの政治的演出でした。現在のトランプ候補の煽り文句や、あるいは20年代禁酒法、あるいは同性愛禁止法(ソドミー法)と同じく、ここでは「悪の秘密結社」が暗躍したのではなく、人類が幾度も繰り返してきた、どこにでもある偏見と扇動、マジョリティによるポピュリズム、そしてこれに乗じて金儲けを考えるタブロイド紙や映画、三文小説家のメディア・ムーブメントがありました。

これはどこにでもある、ありきたりな物語ですが、その過程は複雑です。 

 

一方で、「陰謀論」を馬鹿にするわけにもいきません。陰謀論は多くの場合「情報を遮断されたマイノリティ」によって支持されてきました。そして実際、大麻規制は厳格な官僚制と法規制、そして政治的演出に用いられてきたので、確かにそれはブラック・ボックスに映りました。ですので、大麻規制への不満を抱えながら果敢に戦ってきたヘラーのような活動家の一部が、こうした「見えない陰謀」の存在を信じるのは、当局と政治的演出がいかにマイノリティから隔絶しているのかを物語るものでもあります。それは裏返しなのです。

ピーター・トッシュも、多くの著名なルーツ・レゲエのアーティストも、しばしば裏返しとしての「陰謀」を語りました、一方で疑う余地なく彼ら/彼女らは偉大なアーティストです。レゲエは音楽史に注目すべき足跡を残し続けており、私はその不服従の精神をリスペクトしています。しかし一方で、レゲエ音楽の一部にある短絡的な同性愛者への嫌悪を私は受入れません。ヘラーが偉大な活動家であると尊敬することと、彼が学問的には支持できない歴史観をもっていると指摘することは両立しえます。そのような尊敬のあり方もあり、そうした多様な受容のあり方は人が自由であることの証だと思います。

 

もっとも古い日本の活動家、ポンさんは「伊勢神宮国家神道に吸収されて、大麻が<日本固有の精神性>を表すものとして神格化された戦中」の出来事を批判しながら、次のように言いました。

大麻が麻薬でも、神権の象徴でもなく、ただの雑草であるというリアリティに目覚めることだ。それは麻、ヘンプなのだ。」(麻声民語、その1)

 

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