読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヘイトスピーチへのカウンターデモ参加雑感

 つい先日の日曜日、12月7日の京都における「勧進橋公園」(朝鮮学校のグラウンドだった)をめぐる元在特会系の極右団体によるヘイトスピーチに反対するデモに個人として参加してきました。

 最近になって遅ればせながら、本当にやっと大手メディアでもこうした問題が取り上げられて(下記)、カウンター運動も紹介されるようになったのですが、本当にひどい状態だったのは2008年から10年ごろだったように思います。 

古都に響くヘイトスピーチ 外国人排斥、身近なところに - 選挙:朝日新聞デジタル

 

 カンナビストとしてはもちろん、大麻問題とは直接の繋がりがない話なので団体としてどうということはないのですが、個人的には思うところがあって、日本社会において連綿と続いている差別問題の一つの露出としての、こうした極右運動に反対する側に参加してきました。

 ただしそもそも、大麻を犯罪化した1930年代の米国において、大麻規制が黒人・ヒスパニック差別と繋がっていたことは現在の刑法史研究では知られていますので、差別に反対するという姿勢自体は、大麻非犯罪化を主張するものにとって、合理的なものであろうかとも思います。

 

 私はもちろん社会学徒として、90年代における歴史修正主義の台頭や、ゼロ年代初頭からの「ネット右翼」の登場を専門的にではないにせよ、隣接領域の問題として観察してきました。いわゆる「ネット右翼」のいわばオフ会として、差別街宣が行われるようになった文脈については、既に安田浩一や樋口直人の『日本型排外主義』で書かれているので、ここでは繰り返しませんが、私の記憶では京都において大規模なヘイトスピーチが行われはじめたのは、2008年かあるいは2009年のことであったはずです。

 特に09年に行われた「外国人参政権反対デモ」と称する差別デモは先日のデモとは反対の構図だったことを良く覚えています。 

 この当時いわゆるカウンター運動が行われはじめて、私も京都市役所前から出発するという当該差別デモの反対に行ってきました。カウンター側の主催するデモも同日に開催されていて、ここには200名近くが集まっていたと思うのですが、直接差別デモに対して抗議活動に参加していたものは少数で、特に集合場所の京都市役所前では、カウンター側が10名程度、これに対して在特会側は数百名の数が集まり、大いに「そうだそうだ」と差別発言を繰り返していたものです。

 

 この際、カウンター側の男性が「やめろ」と一言発したその次の瞬間に、彼は数十名の差別デモ参加者に囲まれ、怒鳴られ、車道に押し出されながら小突き回され、しかもその際に警察は、明白に小突き回されている一人の彼に向って「そういうことはやめろ、あっちにいけ」と指示し、もちろん極右の側は何ら静止されることはありませんでした。

 私はこの時、彼のほんの近くに立っていながら、その惨状をみて正直に告白するとびびってしまって、客観的に見ると通行人なのか、あるいはどちらかの側の参加者なのか分かりにくい混乱状態だったことを利用して、少し写真を撮り、そのまま現場から逃亡してしまいました。

 それが善かったのか悪かったのか、あるいは名前も分からないけれども、明らかに立場を同じくする彼と何か行動し、一緒に追い回されたほうが気持ち的には少しはましだっただろうと考えたのは、その後から現在にかけてのことです。ただその時間の私が無力だったことと、その後のみじめな思いは今でも鮮明に覚えていて、だから私は今も反対運動があれば参加しているのだと思います。

 結局のところ、ヘイトスピーチが端的に暴力であって、表現の自由や基本的な社会権の否定であるという理由は、ここにあります。ある特定の人々の実存それ自体を差別的に攻撃し、他者に表現するなと投げつける言辞のどの部分が、「表現の自由」という概念によって擁護され得るのかを、私はほとんど理解できません。差別も表現の自由の内だとか、カウンター側も結構汚い野次を飛ばしているから「どっちもどっち」だとかいった言説に、私は全く賛同しません。