相模原の事件について思うこと

今朝起こったばかりの忌まわしい事件について、まだ分かっていることは多くありません。

容疑者が「障害者を抹殺する」「Beautiful Japan」などと言っていたこと、そして事件以前に同様の発言を行って措置入院させられた際に、大麻陽性反応が出ていたこと、当人のツイッター背景に「大麻は危険ではない」と書いていたことが、現時点で分かっていることだと思います。

 

これを受けて、今後のメディア上では大麻バッシングが行われる可能性もあり、同時に「大麻合法化が誤りだ」といった見解がでてくるのではないかとも考えられます。

 

こうした極限的な事件について、感情的にならず、社会的にもモラル・パニックを起こさずに議論することはとても難しいことだと思います。私も障害者を狙った大量殺人といった事件について、嫌悪の情を禁じ得ません。無差別事件であった秋葉原の事件と比較しても、これは特異な事件であると思います。

 

私が今朝初めにこの一報を目にしたとき、即座に想起したのはナチス・ドイツによる計画的な障害者虐殺事件でした。私もこれについては大学で講義を行っているのですが、広く知られているユダヤ人・ロマ族の虐殺だけでなく、ナチスの優生思想がまず最初に虐殺や断種を行ったのは、自国内にいる障害者に対してでした(いわゆるT4作戦が有名ですが、広汎な障害者の隔離政策、強制的な断種手術など、戦後日本におけるハンセン氏病への差別をさらに極限化したものでした)。

 

この懸念は容疑者の断片的な情報から、もしかすると妥当であったのかもしれません。そして個別のナチス優生思想とは別に、こうしたナチス的内容を含む、人々を劣等と優性に分けて、社会にとって<有益な人々><生きている価値のない人々>を分割し、後者を独断的に断罪するような、極端な権威主義の発想は、どの時代どの社会にも一定程度みられるものであると思います。ナチスの時代とは、こうした人道に反する主義をもった人々が、民主的な選挙によって独裁政権の座についてしまい、国策としてこれを実行してしまったという点に特殊性があります。

例えば、かつての米国における優生主義の流行と白人至上主義や、多くの地域で実際に行われてきた障害者やハンセン病への差別は、ナチスと比べれば限定的であるものの、その心性には共通点もあります。T.アドルノはこれを「権威主義的パーソナリティ」と呼びました。

今回の事件と関連して言えば、一部の匿名掲示板やSNSで見られるような「障害者へのバッシング」「犯人は良くやった」などというヘドの出るような書き込みは、この問題の延長線上にあると思います。

 

そしてこれとは別の文脈として、容疑者の過去に検出された「大麻陽性反応」が、事件とどのような関係にあるのかは臆断できません。こうした史上まれに見るような、特殊事例が、一般的な統計測定としての「大麻と暴力犯罪との結びつき」とどう関係するのかは、もちろん問えないからです。

彼個人の成育歴やパーソナリティと、精神科に入院することとなった何らかの原因と、過去における施設での体験と、大麻かもしくは脱法ドラッグなどでの合成カンナビノイドの使用経験と、周囲の人間関係と、社会への不満と、そうしたものがどのように今回の「犯罪の動機」を構成していたのかは、現在全く測定しようがない、そう思います。

ただメディア上では、かつてマイケル・ムーアがコロンバイン高校の乱射事件は、ただちに「マリリン・マンソン」と結び付けられて、アーティストが批判された一方で、事件直前に行っていたボーリング・ゲームは何の問題ともされなかったことを指摘している通り、世間は分かりやすい「原因/結果」の関係をそこに見出そうとするものです。そして、今回の場合「大麻」がこうした「悪の表象」とされる可能性も、あるのかもしれません。

 

私たちはここで、「大麻と今回の事件との関係性について分かっていることは何もないこと」そして、「一般的な統計値として、大麻と暴力犯罪との増加を示す根拠は存在していないこと」(もちろんこうした統計値は、今回のような極限事例を考えるにあたって、直接の示唆を与えるものではありませんが)、「また日本において大麻非犯罪化を古くから唱えてきた、いわゆるヒッピーの人々は、むしろ自分らを<フリークス>(変わり者、障がい者、奇人など多層的な意味で)と呼び、人間を型にはめ、障害者やマイノリティを追いやっている社会を風刺して笑い飛ばしてきたこと」、これらのみを確認しておきたいと思います。

もしも容疑者の彼が、独善的に<生きる価値のないモノ>を決めていたのだとすれば、それは古くから大麻合法化を主張してきた人々・潮流とは全く相いれない、真逆の発想です。私たちは人間の価値と尊厳の理念的平等を信じ、そのような差別と不寛容さに対してのみ、不寛容でありたいと思います。

 

英国の大手新聞Independentが今年になって書いた大麻の特集記事では、「大麻をめぐる神話」の一つとして「大麻は暴力犯罪と結びつく」という俗説は「神話」であると紹介しています。事実、一般的な統計値としては、大麻合法化が行われた米国諸州において暴力犯罪はむしろ減っています。

www.independent.co.uk

 

黙祷を捧げつつ。